これは、中国の宋の時代の朱子学者、「許魯斎」という人の言葉です。(朱子学は歴史で学びますね。)
「学問を行うには、自らの「生」を治めることを根本とみなすべきだ」という意味です。意味を聞いても未だ難しいですよね。さて、この文の中の「生」とは何だと思いますか?
許魯斎いわく、「生活」だということです。学問なのに「生活?」って思うでしょ。学問をする根本にあるのは「生活」。つまり自分が毎日送る「生活」を自分が治める。つまりコントロールできているという状態でないといけないということです。
君たちは、自分自身の「生活」を自らコントロールできていますか。

◆ 朝、起こしてもらう。
(自分の1日の始まりが「人まかせ」なの?)

◆ 次の日のスケジュールを把握していない。
(お母さんが把握していてもダメでしょう。“その日暮らし”の人、たくさん見ますよ。)

◆ プリント類をどこにやったかわからない。
(身の回りを整理できないのは頭の中も整理できないよ。)

◆ ぐずぐずとメールとかして夜遅くまで起きている。
(寝不足だと、次の日の“吸収力”がガタ落ちだよ。「明日のために寝る」のだよね。)

◆ ついだらだらと、いつまでもゲームをやってしまう。
(時間の使い方の優先順位はわかっているはず。なのに統御できないのはなぜ?)
などなど…。

このような状況の諸君は、「学ぶ」根本の態度がまだできあがっていないということです。そこが、しっかりとコントロールできれば、自然に学力も身につく“レベル”になれます。自分をコントロールするレベルが低いと、学力のレベルも低いままです。
なるほど、自分は朝起こしてもらわないと起きられないけど、成績は良い人もいるでしょう。しかし、そのような状態のままでは、高校生になると必ず失速します。
高校受験がうまくいっても、その先に大学受験があるのです。
中学生のとき、まず“自分をコントロールできる力”を養うこと、それが、そのあとずっと続く君たち自身を支えていくのです。

===コラム=== 日本語の朝のあいさつ
「おはようございます」は、文字通り「earlyだね。」と互いに確認し合っているということです。
英語のGood Morning「いい朝ですね。」の確認ではなく、日本人は“早く”起きているねってことを共通認識として述べる。つまり、あいさつにするほど“早く起きる”ということに美徳を感じているのです。
“目ざめ”と“起床”は違うよ。“起床”はベッドから出るということです。

2016.5月