何のために勉強するの? ~目的はありません、君たち子どもだから

君たちは「イタリア」という国の名前を聞くと、どんなイメージを持っているのでしょうか?

男の子なら、セリエA(アー)というサッカーのリーグ、フェラーリってかっこいい車、女の子ならグッチのお財布やバッグ・・・。でも皆好きなのはパスタとジェラート。


いずれにしても、おいしいものがあり、何となくおしゃれで、首都ローマは古代から栄えた歴史的な都市で、町並みも素敵。きっとそんなイメージなのでしょうね。
しかし、イタリアの北部、スイスに近いあたりには山がちの山村が散在する貧しい地方があります。その山々の間に散らばった小さな村の子どもたちの夏休みのある一日をテレビで見ました。
村の散髪屋さんは1つ。2人の小学校高学年の男の子がやってきます。そこで学校の先生に会います。
先生のことば「元気ですごしていますか?」
子どもたち「はい」
先生「毎日勉強やっていますか?」
「夏休みだからやってないよ」と答えた子どもたちは先生に
「それはダメ。子どもは毎日勉強をやるものですよ」と叱られます。
貧しい村なので子どもたちは中学や高校を終わるころには大半が、ドイツ辺りに出稼ぎに行きます。五十歳代までずーっと出稼ぎ生活の大人も少なくないとか。
そう、その村の子どもたちは誰も大学には進学しません。
そんなことは皆わかっています。
しかし、その村の小学校の先生は、大学受験(もちろん高校受験も)などしないとわかっている生徒に対して、夏休み中に「毎日勉強していますか?」と尋ねるのです。そして、「やっていない」という子を叱る。

子どもにとって勉強は「何のために」という以前のものだということがこのエピソードでよくわかりますね。
目的(学校のテストがあるからとか、宿題だからとか。受験するからとか)があるからやってるというのは『勉強』というものの本質ではないのです。

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