「刺激」が意味すること ~中2 F・Kさん~

私たちは、ふだんテレビゲームやスマホなどの光モードが習慣になっています。
そして、目と脳は休む暇なく、その高純度の色の変化を激しく運動する形に変えています。
そこで脳は情報が高刺激化された高揚状態を続けることになります。
これか習慣化されると、強い刺激の色しか感じなくなってしまうのです。
つまり、弱い刺激は感受レベルから消えていってしまうのです。
たとえば、食材となる植物や動物を育てる作業を想像してみて下さい。
毎日同じようなことを繰り返す作業が延々と続きます。(草ぬき、水やり、朝晩の見守り)
そして、やっと収穫を得るのです。これらは、すべて日々の変化や喜びのささやかなことです(低刺激)。実りがあるということは、単調な繰り返しなしでは、考えられません。
私たちは、ややもすると「楽しい」「おもしろい」ことをどんどん求めてしまいがちです。
その中でもゲームがその最たるものです。しかし、高刺激にさらされると真の実りのあるものがもつ「単調さ」に耐えられなくなります。そして、一番不幸なことは、ささやかなことに反応できなくなることです。私も、日々のほんのささいな刺激を大切にして生きていきたいと思います。

中2 F・Kさん

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